2010年 08月 18日

2010 GT  in SUGO

リクエストにお応えしまして・・・・

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  EOS-1D MarkⅢ
  EF70-200mm f4 L IS USM
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# by shibutya | 2010-08-18 05:23 | モータースポーツ
2010年 08月 17日

カメラ購入(1)

爺がカメラに興味を持ったのは、中学2年の時であった。
当然、親に強請ってもカメラなどという高級品を子供に買い与える余裕など有る訳でもなく、
返って来る言葉は「自分で稼いで、その金で買いなさい」だった。

20歳半ばを過ぎた頃、ひょんな事でバカチョンカメラ(*1)を購入し、それなりに楽しんでいたのだが、
在る時、某有名カメラマンの写真に強く感じ入る物があり、EOS5QDの購入に至った。
まともなカメラの知識もなく、メーカーカタログを鵜呑みにして購入に至ったのであった。
当然インターネット等という、子洒落たものは下々の者には普及しておらず情報の集め方を知らなかったのだ。

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 EOS5QD
  世界初の視線入力オートフォーカス機構を搭載したマルチモード35mm一眼レフカメラ。
  カメラの静音化、5つのフォーカスポイントと縦位置に対応する微細な16分割評価測光、
  中央部の約3.5%部を測る中央部スポット測光、中央部重点平均測光の3モード、
  露出制御は両優先式AE/インテリジェントプログラムAE/被写界深度優先式AE/
  撮影モード連動自動セットプログラムの多彩な自動露出に加え、
  定点連動式のマニュアル測光を備えているなど、先進の仕様と機能が満載されていた。
  爺は、本体に別売りの縦位置用のグリップ・VG10を常用。
  こちらにもシャッター、メイン電子ダイヤルなどが装備されており、背面サブ電子ダイヤルの
  操作を含めて横位置との違和感がなく、すこぶる良好な操作性とホールド性で独人悦に入っていた。

しかし、大きな落し穴があった。
銀塩はフィルム代と現像代が嵩むのであった。
ランニングコストと言う言葉を実感した瞬間であった。

 (*1)バカチョン:実際の「ばかでもちょんでも」「バカチョン」で使用されている「ちょん」は、
            つまらない人・取るに足らない人のことを拍子木の音になぞらえた言葉であり、
            蔑称としての「チョン」よりも日本語として古くから使われている言葉である。
            すなわち、「ばかちょん」という言葉に朝鮮人に対して蔑む意味はまったくない。
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# by shibutya | 2010-08-17 00:12 | 回顧録
2010年 08月 16日

Thunderbirds vol.1

2009年10月
あのサンダーバーズが15年ぶりに日本の空に
三沢基地にサンダーバーズ飛来!!
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ベトナム戦争で北爆をしたあのB-52もグアムから航過飛行した。
で、デカイ!
デカスギル!!
しかも、B-52からパラシュート部隊の降下が・・・・

もし、B-29が飛来したら「鬼畜米英!負けられません勝つ迄は!!」と大空に向って叫びつつ、
竹槍で天を突刺している爺の姿があったであろう。

サンダーバーズだけしか見せてあげない!!
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  EOS-1D MarkⅢ
  EF500mm f4.5 L USM



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# by shibutya | 2010-08-16 19:18 | 飛行機
2010年 08月 16日

カメラとの出会い

カメラの好きな叔父が3人おり、幼少のみぎり(洟垂れ小僧)の写真の数は、同世代の人と比べるとかなり多かった。
(それも、当時貴重なカラー写真も結構あるのだ)
爺も幼少のみぎりは(洟垂れの)かわいい子供であったらしく、恰好の被写体だったらしい。

うろ覚えだが、家にテレビ局の取材が入り(凍り豆腐を造っていた)4~5歳位の子供の絵が欲しいという事で
借り出された事があった。
今考えると、農家の冬の副業(我家は農家ではないが)である凍り豆腐を寒風吹き荒ぶ雪の中、
父とねんねこ半纏で赤ん坊をおぶった母が黙々と仕事をしている姿を、
ドンブクを着、ゴム長を履きしゃがんでその姿を見ている子供の姿・・・
古き良き日本の原風景とでも言いましょうかぁ~
(ちなみに、この時の赤ん坊は弟でした)
その写真が天気予報のバックの画面に三ヶ月ほど流れたのだった。
(当時からテレビ局はヤラセをやっていたのだ)
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# by shibutya | 2010-08-16 09:12 | 回顧録
2010年 08月 15日

今更・・・・

昭和20(1945)年8月15日は終戦の日?


昭和26(1951)年9月8日 サンフランシスコ講和(平和)条約締結日が終戦の日です。
・終戦とは、戦争を終えること。
 国際法的には、戦争の終結が当事者双方の間で成立した状態を指す。
 国際法において本来は宣戦布告とともに開戦が行われ、
 講和条約・平和条約締結とともに終戦を迎える。

ついでに、日本は無条件降伏していません。
昭和20(1945)年8月15日。
私達は、昭和天皇の『終戦の詔勅』(玉音放送)により、
大日本帝国(日本)は連合国の提示してきた『ポツダム宣言』を
受諾し、「無条件降伏」した、と教えられてきました。
果たして本当に、日本は「無条件降伏」をしたのだろうか? 
実は、日本は戦争に敗れはしましたが、「無条件降伏」していません。


「ポツダム宣言」
十三条 吾等ハ日本国政府ガ直ニ全日本国軍隊ノ無条件降伏ヲ宣言シ
且右行動ニ於ケル同政府ニ対ノ誠意ニ付適当且充分ナル保障ヲ
提供センコトヲ同政府ニ対シ要求ス右以外ノ日本国ノ選択ハ迅速
且完全ナル壊滅アルノミトス

『日本国政府が直ちに 全日本国軍隊の無条件降伏を宣言し・・・』
日本国軍隊の無条件降伏(武装解除)であって
日本政府の無条件降伏ではありません。
つまり「軍隊の無条件降伏」を日本が呑めば、連合国側は
「適当且充分なる保障を(日本に)提供する」と条件を提示しています。
これは「無条件降伏」どころか、逆に「有条件降伏」と言った方が
良い代物である事が分かります。
日本国のポツダム宣言受諾は無条件降伏ではなく、
「全日本国軍隊の無条件降伏」という条件を含む有条件降伏です。


今更と言われてもこれが歴史なんですね・・・・
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# by shibutya | 2010-08-15 19:33 | ぼやき
2010年 08月 15日

冷やし中華はじめました!

下手な写真と回顧録とボヤキたい放題のブログです。
いつまで続くことやら・・・・


ご挨拶代わりに写真でも御覧下さい。

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EOS-1D MarkⅢ
EF300mm f2.8 L IS USM


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EOS-1D MarkⅢ
EF500mm f4.5 L IS USM


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EOS-1D MarkⅢ
EF300mm f2.8 L IS USM
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# by shibutya | 2010-08-15 16:03