高見屋敷  ~渋茶爺の戯言~

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カテゴリ:ぼやき( 145 )


2010年 09月 14日

五十歩六五歩

小沢よりは菅の方がマシかな・・・
北朝鮮よりは韓国ってなとこかな。

中韓の為の日本の政党じゃどうしようもない。
政権奪取してから、日本の為に何やったの?
民意が反映されたとかマスコミは言ってるけど、
これでマニュフェストの変更は了解したことになった訳で、
出来もしないマニュフェスト掲げて、出来ないから増税します。
高速無料はやめます。ってか
節操無さ過ぎ。。。。
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by shibutya | 2010-09-14 22:26 | ぼやき
2010年 09月 10日

バグ

先日のPCクラッシュの時ソフトのバグを調べながら思ったのだが、
ソ連とユーゴスラビアの崩壊は社会主義のバグ。
百年に一度の不況は資本主義のバグでのような気がするのは
渋茶爺だけだろうか?・・・
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by shibutya | 2010-09-10 06:38 | ぼやき
2010年 09月 03日

いい加減にしてくれ!

党首選挙で盛り上がるのは勝手だけど、円高には何の方策もなく
党内だけのことしか考えてない。
派閥抗争してるけど、これじゃ自民と何等変わらないじゃないか!
民主が政権とってから日本の為にしたこと何があるの?
外国人、外国人で、いったい何処の国の政府なんだ!!
出来もしないマニュフェスト掲げて、結局出来ませんでしたって・・・
これが、一国の政権政党の姿かい?

「内ゲバ」やってる暇があったら、さっさと為替対策しろ!!
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by shibutya | 2010-09-03 07:17 | ぼやき
2010年 09月 01日

レコード屋がない! 本屋がない! 

(2~3年前の話だが)久しぶりで街に出てみた。
駅前の本屋を何件か立読みしたり、行き着けのレコード屋で新譜レコードを眺めたり
店のオヤジの音楽談義を聞くのが好きでよく時間潰しをしたものであった。
(友人との待ち合わせは決って本屋かレコード屋だった。
コーヒー代もない貧乏学生の時間潰しには持って来いの場所だった)

しかし・・・
本屋がない!
レコード屋がない!!
訳の解らないテナントが入っていたり、マ○キヨになっていたり・・・
無残なものだ。
昔からの本屋は2軒(1軒は移転していたが)、レコード屋は・・・
全国規模のチェーン店では「尻の据わりが悪い」
ちょっとしたカルチャーショックだった。

レコード(CD)屋、本屋の衰退の本質的な原因は何だろうか。
レコード(CD)屋に関してみると
巷ではネットを通じた音楽配信の普及が指摘されているが、はたして本当だろうか?
渋茶爺的には、それに加えてもう二つの要因があると考えている。
一つは、違法コピーや違法ダウンロードの蔓延である。
客も、無料で入手できるコンテンツにわざわざ金を払ったりはしないので、当然小売りにも大きく影響する筈。
もう一つは、アーテイスト自体の質の低下である。
音楽の進化は2000年で止まってしまったとの見解もあるらしいが・・・
(渋茶爺的には1990年と思う)
それまではジャズ、ブルース、ロック、レゲー、ラップなど新しい音楽の表現スタイルが断続的に生まれてきたが、
ここ10~20年の音楽は、マッシュアップ(音源の合成)がメインになっている気がする。
そのいい例として、リメーク盤リマスタリング盤の多さよ。
来日するアーティストの大半が70年代、80年代、90年代アーティスト・・・
後は言うまい。

ネット販売の弊害
ネット販売による深刻な影響として、客の興味や関心の広がりが制約されてしまいかねない。
国民の知の水準の低下につながりかねない。
レコード(CD)屋や本屋での客の行動を考えてみると、目当ての作品を探して買うのはもちろんだが、
レコード(CD)屋なら試聴、本屋なら立ち読みという行為を通じて、
これまで無関心だったり、知らなかったジャンルの作品に触れるてきたことが多々あった。
レコード(CD)屋や本屋で時間を過ごすことは、個人の興味や関心の拡大につながっていた。

しかし、ネット購入ではだいぶ違っている。
ネット購入の場合、別のCDや書籍をリコメンドされるが、
そこで推薦されるものが、購入したCDや書籍と同じジャンルのものばかり・・・
ネット上ではレコード(CD)屋、本屋で普通に起き得る新しいジャンルの作品との出会いは
あまり期待できなくなってしまうのだ。
これは、ユーザの購入履歴を手がかりに関連する商品を探すからであり
(確かに顧客管理は必要だが)管理プログラムに頼っている以上やむを得ないかもしれない。
渋茶爺は『売れればいい的な商売は嫌いだ!』

専門店がどんどん潰れて、大規模店舗が中心となり、CDや書籍を置くスペースが小さくなるにつれて、
人間の興味や関心の幅の拡大に貢献する度合いが低下していることも事実だ。

Jazzに没頭し始めた頃、何日か本屋に入浸りスイングジャーナル(2010年5月休刊)の
油井正一氏(故人)、ヰソノテルオヲ氏(故人)らの評論を立読みし、小生意気にも薀蓄を語り、
その脚でレコード屋に飛び込み、千円札二枚を握り締め、4~5枚のレコードを睨みつつ、
その中から一枚のレコードを選ぶ緊張感とスリルが快感で、
(選択肢に困った時は、ジャケット買いに全てを託した)
レコード屋の名入りの小洒落た袋(ただの紙のレコード袋)を大切に小脇に抱え、
片道30分の田舎列車に揺られ、もどかしい思いで帰宅するなり部屋に駆け上がり
レコードに針を下した瞬間の心地好さは、言葉には出来ない感動があった。
すべての緊張感が解き放たれた瞬間あった。

渋茶爺の田舎ではJazzに関しては殆どが本からの情報しかなく、
昨今のYouTubeなどという文明の利器はあろう筈もなく
唯々、専門誌からの情報とFMから流れる音楽だけが頼りであった。
当然アーテイストが動くことなどは有り得ない。
頁の端の小さな写真も見落とすまいと、眼を皿の様にしていた時代である。

『レコード一枚に対する想い入れが違っていた』
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by shibutya | 2010-09-01 11:49 | ぼやき
2010年 08月 15日

今更・・・・

昭和20(1945)年8月15日は終戦の日?


昭和26(1951)年9月8日 サンフランシスコ講和(平和)条約締結日が終戦の日です。
・終戦とは、戦争を終えること。
 国際法的には、戦争の終結が当事者双方の間で成立した状態を指す。
 国際法において本来は宣戦布告とともに開戦が行われ、
 講和条約・平和条約締結とともに終戦を迎える。

ついでに、日本は無条件降伏していません。
昭和20(1945)年8月15日。
私達は、昭和天皇の『終戦の詔勅』(玉音放送)により、
大日本帝国(日本)は連合国の提示してきた『ポツダム宣言』を
受諾し、「無条件降伏」した、と教えられてきました。
果たして本当に、日本は「無条件降伏」をしたのだろうか? 
実は、日本は戦争に敗れはしましたが、「無条件降伏」していません。


「ポツダム宣言」
十三条 吾等ハ日本国政府ガ直ニ全日本国軍隊ノ無条件降伏ヲ宣言シ
且右行動ニ於ケル同政府ニ対ノ誠意ニ付適当且充分ナル保障ヲ
提供センコトヲ同政府ニ対シ要求ス右以外ノ日本国ノ選択ハ迅速
且完全ナル壊滅アルノミトス

『日本国政府が直ちに 全日本国軍隊の無条件降伏を宣言し・・・』
日本国軍隊の無条件降伏(武装解除)であって
日本政府の無条件降伏ではありません。
つまり「軍隊の無条件降伏」を日本が呑めば、連合国側は
「適当且充分なる保障を(日本に)提供する」と条件を提示しています。
これは「無条件降伏」どころか、逆に「有条件降伏」と言った方が
良い代物である事が分かります。
日本国のポツダム宣言受諾は無条件降伏ではなく、
「全日本国軍隊の無条件降伏」という条件を含む有条件降伏です。


今更と言われてもこれが歴史なんですね・・・・
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by shibutya | 2010-08-15 19:33 | ぼやき