高見屋敷  ~渋茶爺の戯言~

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2010年 10月 03日

渋茶爺は夢を見た

台湾はついに親中派の外省人が政権を握り、中国と合併し中国軍を受け入れた。
アメリカは平和裏に合併が進んだ為、どうしようも無かった。
台湾を手に入れた中国は次は日本の尖閣諸島に手を伸ばし始めた。 
しかし日本も抵抗し銃撃戦になることも度々であった。

そこで中国はこのまま行けば沖縄にミサイルの雨が降るであろうと脅した。
これにおののいたアメリカ軍は家族を連れてグァムに逃げ出した。 
そして、中国と日本の戦争には関与しないと表明した。
しかし、在日米軍基地内にある極秘の核ミサイルの権限は日本に譲渡してくれた。
日増しに、戦闘は激しくなり本格的な戦争になった。 
日本の自衛隊は中国の精鋭の軍艦、空母艦、潜水艦、戦闘機を次々に撃破し
中国軍に多大な損傷を与えた。

これに怒った中国は日本の主要都市に核ミサイルを打ち込むことを決定した。
まずは東京に核ミサイルが打ち込まれた。 
日本も迎撃ミサイルで打ち落とそうとしたが、迎撃に失敗し東京は灰燼に帰した。

その時である。
在日米軍基地から中国の北京に向けて核ミサイルが発射された。
そして北京もまた灰燼に帰したのだ。 
これには中国首脳は驚愕した。
そして、日本人がこう言っていたことを思い出した。
「もしもの時は、中国に数百発の核ミサイルを打ち込み中国全土を壊滅させてやる!」
「2ヶ月後には、日本製の核ミサイルが50発完成する!」
「毎月30発づつ生産し打ち込み続けてやる!」
しかし、そんな勇気は日本人にはあるまい、と次の核ミサイルのボタンを押そうとした。

その時また思い出した。 
太平洋戦争で玉砕覚悟でアメリカ軍の艦に次々に突っ込んでゆく特攻隊の姿を・・・ 
「日本人はクレージーだ!」
そして、ついに中国人は二発目の核ミサイルのボタンは押せなかった。 
中国は尖閣諸島から軍隊を撤退させ、とりあえず全面核戦争は避けられた。
 
さて灰燼に帰して放射能のあふれる東京の街からなにやら大きな声が聞こえてきた。
共産党、社民党また民主党に紛れ込んでいた元社会党の面々であった。
「皆さん避難所から出てきてくださ~い!
 中国の核はきれいな核で問題はありませ~ん!
 大丈夫でぇ~す!
 反戦のデモをやりましょう~」

公明党や媚中派の自民党員はなんとか思い留まったが、女子高生達はこれを信じていつものようにデモに参加した。
「戦争反対!
 非核三原則を守れ!
 核拡散防止条約(NPT条約)を守れ!
 戦争反対!」
しかし、やがて彼等の声は徐々に徐々に小さくなっていった。 

だから爺はいつも言っていたのだ
「馬鹿は人も自分も不幸にする、賢くありなさい」と。
しかし、もうひとつ言っておくべきであった。
馬鹿になればなかなかそれから逃げられないと。
つまり「馬鹿は死ななきゃ直らない」と。 

爺はここで夢から覚めた。


社民党党首の福島瑞穂はこう言った。 
「暴漢を傷つけるなら警察は捕まえず逃がしなさい」と。
これを聞いて日本国民は冷笑した。
しかし、その冷笑した日本国民も戦争、核の話になると、なぜか福島瑞穂になるようだ。
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by shibutya | 2010-10-03 18:39 | ぼやき


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